0と1の狭間で
この白く、どこまでも続く空間は、まるで世界の始まりか、あるいは終わりか、そんなことを思わせる。外の時間の流れとは切り離された、無機質で、それでいてすべてを受け入れてくれるような場所。ここには、私が誰であるかという社会的な記号も、年齢や肩書きも、何も存在しない。ただ、私と、あなた、そして、この強烈な光だけがある。
カメラの向こう側で、ファインダーを覗くあなたの眼差しは、鋭く、そして熱い。それは、私という被写体の奥にある、まだ誰も知らない表情や感情を、必死に探し出そうとしている眼差し。私は、その眼差しに、ただ身を委ねる。この瞬間、私は「私」であると同時に、「あなた」が作り出そうとする、一枚の「作品」でもあるからだ。
今日、私がまとっているのは、光沢のある黒いシルクのドレス。その滑らかな手触りは、私の肌に安らぎを与えてくれる。オフショルダーのラインは、普段は見せない私の肩を露わにし、どこか弱い部分をさらけ出しているようだ。しかし、肘まで伸びる長いグローブが、その弱さを隠し、私と世界との間に、ほんの少しの距離を保ってくれる。それは、私がすべてをさらけ出しているわけではない、という、ささやかな抵抗かもしれない。
そして、足元の網タイツ。 この複雑に絡み合った網の目は、まるで私の心の中の迷いや不安をそのまま映し出しているようだ。一つの糸が絡まれば、すべてが崩れてしまうかのような、繊細で、危ういバランスの上に成り立っている。でも、この網の目があるからこそ、私は、一人の人間として存在していることを感じられる。完璧ではない、不完全な自分。その不完全さこそが、私という人間を形作っているのだと、そう信じたい。
シャッターが切られるたびに、私の心は、一瞬ごとに違う顔を見せる。 微笑んでいるようで、心の奥では、どこか寂しさを感じている。 挑発的な眼差しをしているようで、本当は、ただ誰かに理解してほしいと願っている。 この写真に写る私は、一体何者なのだろうか。 それは、私自身にも分からない。 でも、その分からない部分を、あなたが見つけ出そうとしてくれている。それが、この特別な時間の中で、私が最も心惹かれることだ。
このスタジオには、余計なものが何もない。 ただ、白という「0」の状態があるだけ。 その「0」の空間に、あなたの光が当たり、そして私という「1」が存在する。 この「0」と「1」の狭間で、私は、本当の自分と、演じている自分を、行ったり来たりしている。 それは、まるで、自分の心の奥底を覗き込むような、不思議で、少し怖い作業だ。
シャッターが、最後の音を立てる。 光が消え、再びこの空間は、元の静寂に戻る。 私は、ゆっくりと立ち上がり、冷たくなった膝をさする。 カメラの向こうにいるあなたに、私は、心からの感謝を込めて、そっとお辞儀をする。 今日の私が、あなたの目にどう映ったのか。 そして、この一枚の写真が、誰かの心に、どんな光を灯すのか。 それは、まだ誰にも分からない、未来の物語。 でも、私は、この一瞬を、この光の中で生きられたことを、きっと忘れないだろう。